●お話を伺った方●

大須賀 穣 さん(おおすが ゆたか)
東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 教授、東京大学医学部付属病院 副院長。1985年東京大学医学部医学科卒業。医学博士。 産婦人科医としての長年の経験をもとに、女性のための健康支援の重要性を広く社会に訴え、研究活動、教育活動にも力を入れている。 日本産科婦人科学会にて女性の健康推進委員会委員長を務める他、多くの学会の役員、中央官庁委員としても女性の健康問題に取り組んでいる。2013年より現職。
産婦人科医として女性の健康支援に尽力してきた東京大学大学院の大須賀穣教授に、女性特有の健康課題と労働損失についてお話を伺いました。その後編をお届けします。
――企業が女性の健康課題への対応に取り組むときに、心がけることや注意すべき点はどんなことでしょうか?
大須賀:女性自身だけでなく、周囲の男性側が女性の体についての知識や理解をもつことが大切だと思います。いろいろな啓発活動のおかげで、妊娠・出産に対する認知度は高まっていると思いますが、まだまだ男性側には知識は少ないし、知りません。
例えば、月経前症候群(PMS)で健康が損なわれている状況に陥った際、女性は自分はPMSのせいで調子が悪いととらえますが、男性にしてみると、女性がなぜある時期に限ってイライラしたり不安定になるのかがわからず、メンタルに問題があるととらえがちです。つまり男女間で認識にギャップがあることになります。
一方、若い世代の男性の女性に対する気遣いは、確実に増えている気がします。これは夫婦間の話ですが、少なくとも1980年代頃、夫が出産に立ち会うことはなかったですし、妊娠検診につきそってくることもまずありませんでした。大学病院で立ち会い出産なんてありえなかった時代です。妊娠出産に限らず、月経に伴う症状や更年期についての理解は、社会全体にもっと普及させなければならないと思います。
――女性は自分の不調を、周囲に率直に伝えるほうがよいと思われますか?
大須賀:職業にもよりますし、職場の状況にもよるので、一概には言えませんが、可能であれば言っていただくほうがよいでしょう。風邪だから調子が悪いというのと同じことです。少なくとも上司には言える状況であってほしいですし、会社側にはそうしたオープンな雰囲気づくりを心がけてほしいです。
女性を対象にしたセミナーを開催する企業は多いようです。なぜなら自分の健康状態にまずい点があると知れば受診につながり、体調がよくなるので効果が出やすいからです。
一方、特に男性管理職に対する教育は、まだ少ないのが現状です。すぐにはフィードバックがなく、ときにはむしろ試行錯誤して現場で混乱が起きることもあるのですが、すぐに結果が出なくても、長い目で見れば女性の健康に対する知識を男性管理職が得ることは意味のあることだと思います。
――日本は女性に対する健康支援が、世界に比べ遅れていると言われていますが、それはどんな理由によると思われますか?
大須賀:日本女性は奥ゆかしい方も多く、つらくてもじっと我慢してしまうこともあるでしょうし、低容量ピルの解禁が遅れた日本と違い、欧米ではホルモン剤を使って健康をコントロールすることに抵抗感が少ないということもあります。
ただ、私がより重要なポイントだと思うのは、日本は女性議員の数が少ないことです。そのため、月経困難症や妊娠出産、更年期などへの対策に目が向きにくいのです。海外では、女性議員が声をあげて女性の健康問題を法律に反映していくことが多くあります。法律がすべてではありませんが、法律ができることで行政の施策が進み、それによって民間企業も動きます。
例えば最近、プレコンセプションケアという言葉を聞くことが増えていると思います。これは妊娠前の若い男女に、将来の妊娠出産のための健康管理を促す取り組みのことですが、2021年に閣議決定された成育医療等基本方針が元となって、国や地方自治体、各企業でさまざまな施策が推進されています。プレコンセプションという概念は残念ながら、男性からはあまり出てきません。だからこそ女性の視点が重要です。
――女性議員を増やすことは簡単にはできませんし、まだ道半ばということですね。では最後に、女性が輝いて働けるために、先生が企業に望むことをお聞かせください。
大須賀:そもそも従業員の健康管理は企業にとって非常に大事な課題です。従来から、企業は高血圧や心臓病、代謝異常症などの疾患には注意を払い、必要があれば介入することを意識しているはずです。しかしこれらは男女問わない共通の課題です。一方女性には、女性にしかない特有の健康課題が多く、しかも現状では、十分に対応されていません。そのために女性のパフォーマンスが低下していることは、いろいろな職場で見かけられる事実です。
厚生労働省が労働安全衛生法に基づく一般健康診断の項目の見直しを検討していて、今後問診表に月経障害や更年期障害についての項目が追加される予定になっています。そうなれば、一定数悩んでいる人がいることが明らかになり、当然企業側も対応を迫られることになるでしょう。
その企業で女性が生き生きと健康的に働いていれば、企業イメージも上がります。経済産業省も、女性活躍の推進にすぐれた成果を上げている上場企業を「なでしこ銘柄」に選定するなど、企業評価のひとつの軸としてとりあげています。
そうしたことを意識して、女性の健康課題への対応に積極的に取り組む企業が増えていくことを期待しています。
――ありがとうございました。
取材・文/山岡京子
東京大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 教授、東京大学医学部付属病院 副院長。1985年東京大学医学部医学科卒業。医学博士。 産婦人科医としての長年の経験をもとに、女性のための健康支援の重要性を広く社会に訴え、研究活動、教育活動にも力を入れている。 日本産科婦人科学会にて女性の健康推進委員会委員長を務める他、多くの学会の役員、中央官庁委員としても女性の健康問題に取り組んでいる。2013年より現職。